無形文化財 小国紙


国および県の無形文化財に指定された小国紙をご紹介いたします。

無形文化財 小国紙

無形文化財 小国紙

「小国紙」

サイズ:29x39cm
原料:小国産楮
カングレ(紙床を雪中保存)の後雪上にて天日乾燥。
昭和48年 国の記録作成などの措置を講ぜられるべき無形文化財に選択。
昭和49年 県の無形文化財に指定
 

「小国紙」とは、

小国和紙の中でも雪を利用し古式の製法で作った紙を指します。古くから農家の副業として旧小国町山野田集落などに多くの生産者がいました。江戸時代には水田のない山間地の年貢として物納され、昭和初期には2200万枚もの紙がひと冬に小さな集落から生産されていました。

小国紙の紙漉き


大きさは29cmX39cmの小さいサイズで各家庭の土間の1坪ほどのスペースで漉きぶねなど紙づくりの道具を置き、道具もとてもシンプルな道具で紙を漉く時に2~3枚の簀を交互に使い紙を漉きます。なぜ簀を複数枚を使うかというと、小国紙の紙漉きは初めは汲み込んだ水を縦や横に振って漉く流し漉きですが、後半は汲み込んだ水を平らにして溜める(そのままにして水をきる)溜め漉きをします。水が切れるまでの間に違う道具でも一枚漉いて水をきり、水の切れた紙から紙床に積み重ねていきます。複数の道具を交互に繰り返し紙を漉いていくため手を休めずに紙を漉けます。昔は400枚以上漉けなければ一人前と認められなかったといいますが、狭いスペースで小さな道具で、忙しく手を動かすことで何とか枚数を稼いでゆくのは大変なことであったと想像できます。漉き重ねた紙床はすぐに水をしぼって乾燥するのではなく、春の暖かい日差しの頃まで雪に埋めて保存する「カングレ」をします。

カングレのようす

雪の中は外気を遮断し一定の温度で腐らず凍らず保存してくれます。埋めた場所が分かるように四隅に棒を立てたり、雪に埋もれすぎないように埋め直したり管理します。春になり雪解けの頃、「カングレ」を掘り出し水分をしぼり乾燥の支度をします。小国紙は板に貼り雪上で天日干しします。春の日差しは紫外線が強く、紙に紫外線が当たると白くなるため、より多くの紫外線が当たるように雪から反射する紫外線も当たるようにして干します。しかし、近年は温暖化で年々積雪が減ってきており、この作業がなかなかやりずらくなってきています。
 
このような技法は、豪雪地帯であったこの地方でどうにかして紙を生産するために考え出された方法ですが、偶然の発見であったとは思えないほど、理に適っているものであり、先人の知恵の深さに驚かされます。
「小国紙」は冬季の家内制手工業であり、出稼ぎに出る男手抜きで、年配者、女性、子供などが主体となり、生産活動を行った例も多いようです。雪がたくさん降って他との行き来が困難になる中で各家庭の中で一連の作業が行われました。
年配者が楮の皮引きをていねいに行い、子供も手伝い紙叩きをして紙素を準備し、女性が紙を漉く。家族の絆に守られ小国紙は作られてきたのです。

天日乾燥のようす


「学校からけぇると(帰る)紙叩けってゆうすけ(言われて)、やらったすけ(いやだから)、寄り道して帰ったが。そんでもしれって(やれって)ゆうすけ(言うから)。やーやーしたが(嫌々やったの)。」、「春んなって紙干しん時、日があたるすけ、みんな雪目んなるし、黒なってしまうが(春になって紙を干す時みんな雪目になるし黒く日焼けしてしまうんだよ)。」山野田出身のおばあさんは昔の紙づくりについて、そう語ってました。
現在、旧小国町山野田集落は平成16年の中越地震によって全戸非難となり、そのまま集団移転をしたため小国紙を受け継いできた家庭を知る人たちは皆、山を降りてしまいました。しかし、紙漉きを支えた山野田の清らかな水は、今も集落へ向かう途中の道で絶えず出ており、真夏でも冷たく清潔な水を求め、多くの人が汲みに来ます。
私どもも「小国紙」をつくり続けることで雪国の人々の絆を学び次世代に伝えたいと願っています。
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